2017年02月25日

あきる野市のゆかりの人・海老沢峰章

新婦人のさんぽ小組にお供をした。第126回目の今回(24日)はあきる野市のゆかりの人である海老沢峰章(えびさわ-ほうしょう1851−1918・明治-大正時代の医師)にかかわる地を巡った。
峰章は、父俊斎にまなび,明治初年郷里の武蔵多摩郡引田村で開業。多摩の自由民権運動家らが組織した協立衛生義会に参加、住民の保健・衛生の向上につとめ、多くの村人に慕われた人物だ。
武蔵引田駅を南に下り、秋川近くの宝泉寺を訪ねた。この寺は、小田原城が秀吉の攻撃を受けていた頃にこの地に移し、本尊の薬師如来は、舟乗り薬師と呼ばれる珍しい仏像という。本堂の前には峰章の顕彰碑あり、墓もここにある。【写真をクリックで拡大】
aP1090086.jpg ⇦宝泉寺

aP1090082.jpg ⇦顕彰碑

aP1090084.jpg ⇦峰章の墓

その後、眞照寺に向かった。この寺の薬師堂はとの指定文化財、赤門(写真)は市の指定文化財となっている。
aP1090087.jpg ⇦眞照寺の赤門

北に向かい五日市街道に出て、五日市線の踏切を渡る。
aP1090099.jpg ⇦踏切から五日市方面を望む

西中学校の西隣の千代原公園に少し傾いた「えびさわみち」の道標がある。峰章が夜中でも治療に通った道であり、秋川河畔にあった医院に人々が通った道にちなむ道標である。正面には少々読みにくいが「ひきだ ゑびさハみち」と書いてある。明治25年(1892年)に建てられた。教育委員会の看板を撮った。
aP1090100.jpg ⇦道標

aP1090102.jpg ⇦教育委員会の立て札

千代原公園から北に行くとイオンモール日の出だ。昼食後解散する。生ビールがおいしかった。
aP1090081.jpg ⇦武蔵引田駅近くから見る大岳山
posted by Jimmy at 23:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記
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